小さく、静かに、でも青く、力強くもえる火を灯したい

小さく、静かに、でも青く、力強くもえる火を灯したい

今年の1月1日にブログを更新して以来、約8ヶ月ぶりの更新です。

しばらくブログに触れていなかったのですが、8月17日よりバングラデシュに戻ってくる機会がありまして、ブログへの意欲がじわじわともどって来ました。

今回、バングラデシュへはNPO e-EducationのLAMPというプログラムの参加者の1人として渡航しています。

偏った情報に流されず、自ら現場に赴き、課題の本質を見極められるように。社会課題の発見と解決の担い手になれるように。国境を超えて、若者たちが一緒に未来を作る、それが「LAMP」です

日本、ミャンマー、バングラデシュの3カ国からそれぞれ5人がこのプログラムに参加してその3カ国を順番に訪問。

今年2月には日本に、5月にはミャンマーに、そして8月、バングラデシュで最後のプログラムを迎えています。

このプログラムの中で、ふと自分のコンプレックスと言える2つのことに向き合う時間ができ、長年悩んでいたはずがスッと自分の中で落とし込める瞬間がありました。プログラムの本来の目的とはずれているかもしれませんが、これだけでも自分の中でバングラデシュに戻ってきた価値があったと思えたので備忘録として書き残しておきたいと思います。

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田舎うまれ田舎そだち


コンプレックスというと少し仰々しい感じがしますが、大学入学と同時に東京に出てきてから引っかかっていたのが田舎で生まれ育ったということ。

24年前、山や田んぼに囲まれた群馬の田舎で、その代名詞と言えるような農家の子として生を受けました。高校までの地元で過ごしていたときはそれほど強く意識したことはなかったのですが、大学に入ってから自分の出自についてコンプレックスに似たなにかを抱くようになります。

地方の田舎では、できることが限られ、小さな世界のことしか知らない一方で、東京や各地方の都市から集まった生徒が多くを占める大学では、小さなときから様々な国や地域を訪れ、高校時代には有名な先生の教育をうけ、短期留学など経験している人が多くいます。

そんな人たちと自分を比べては、劣等感を感じていたものの、劣っているとは思われたくないという気持ちと同時に、自分よりもっと苦労している人はたくさんいると自分に言い聞かせていました。

そして徐々に昔の話は避けるようになり、ほとんど自分の過去については表面的な部分しか人に話さないように。

しかし、今回バングラで、e-Educationが支援している高校生の前で自分のライフストーリーを話す機会ができ、おそらく初めて自分の話を人前で話すことになりました。

日本人の一学生の話がどれだけ現地の高校生に響くのかはわかりませんでしたが、目の前の高校生と同じように田舎出身の農家生まれで大学受験の際にはみんなが通う有名な塾や予備校には通えず小さな個人経営の塾に通っていた(経済事情もあり2教科分の費用で6教科ほど受講させてもらっていた)こと、ただそこで勉強をがんばったら大学でいろんな人に会えたり、様々な国に行けたり多くの機会を得ることができたという話を伝えました。

その晩、1日の振り返りの時間でバングラデシュの友人に「初めて自分の生い立ちを話したから緊張した」と話したところ、

I thought you are from a wealthy family. But I realized everyone overcomes their own struggle. The country doesn’t matter.
(ノブは裕福な家庭で育ったと思っていたけど、国は関係なくみんな大なり小なりそれぞれの困難を乗り越えてるってわかった。)

とのコメントが。

自分が悩んでいたことをスッと受けて止めてくれた彼の言葉になんだか救われたような気がして、どんな種類であっても自分の乗り越えて来たことをひとつひとつ認めてあげることで小さな自信として積み上がっていくんだなと思った瞬間でした。

感情の希薄さ

そしてもうひとつのコンプレックスが感情の薄さです。感情の起伏の小ささといってもいいかもしれません。

小さなころは元気いっぱい友達と遊んで楽しむことはできたし、時にはけんかになって怒ることもあったし、感情ははっきりしていました。

しかし、小説を読んで感情移入をすることはないし、映画で泣くこともありません。高校生くらいのときからは特に「怒り」の感情が極端に薄くなっているという自覚があり、友人からは「おこらなすぎて本心で何考えてるのかわからない」「98%はやさしさでできてるけど2%は本当に冷たいところがある」などコメントをもらうこともしばしば。

また自分でも、まわりで何かを成し遂げている人のような熱意を持つことができず、大好きなはずの国際協力へのモチベーションもうまく言語化することができず、「どうしたら自分の心に火をつけて大きな熱量を持つことができるのか」という問いを持つようになりました。

ところが、今回のプログラムでEmotion Mapというワークショップをしたときに自分の間違いに気がついたのです。

ワークショップ中の松原とバングラデシュの友人

Emotion Mapとは、自分の過去の出来事や人から受け取った言葉が「楽しさ」「喜び」「哀しさ」「怒り」のどの感情に関連し、そしてその中のどの感情が自分の原動力と強く結びついているのか整理するワークショップです。

おそらく大きな熱量をもち様々なことを成し遂げている人たち(その中でも特に国際協力の表舞台に出てくる人)は、仲間とゴールを達成する「喜び」や社会に対する「怒り」を原動力としていて、かつ、その感情の絶対値が大きな人たちではないかと思います。

そして、個人的にはこの類の感情が原動力となる人には暖色のイメージを持っています。絶対量のおおきな感情が太陽のように赤く燃え上がり、他の人に熱量を分け与えながら巻き込んでいくイメージです。

一方で、Emotion Mapを通して見つけた自分の原動力は「哀しさ」でした。赤く燃え上がる感情とは対照的で、小さく青い寒色系のイメージです。

これまで「どうしたら自分の心に火をつけて大きな熱量を持つことができるのか」という問いをもっていました。

しかし、これは自分が暖色系の感情を原動力とするという前提で立てられた問いであるがゆえに今までその問いに答えを見いだせなかった、ということに気が付いたんです。

自分がなぜ国際協力にこだわっているのかもこの「哀しさ」に基づいています。

前述した1つ目コンプレックスをなかったことにしながら語ろうとしていたためにいままでうまく言語化することができなかったのですが、このコンプレックスと途上国の不便さを静かに、どこか重ねて感じる「哀しさ」が原動力だとわかりました。

そして、自分のもつ特性が明確に違うとわかったいま、できることは大きな炎を燃え上がらせようと努力することではなく「小さな火でも温度の高い青い色の火を細く長く燃やし続けること」なのではないかと思うようになりました。

このプログラムの名前である”LAMP”が示すように、小さく、静かに、でも青く、力強くもえる火を灯したい。それが私の答えだったようです。

みなさんは、どんな色の火を灯したいですか?

それでは。