結局は役割分担

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最近、海外でインターンをしている後輩のブログ(note)を読むのが楽しみの1つになっています。

自分も大学2年で渡航してたので、当時を思い出して懐かしいなあとおもったり、今でも共感できる部分があったり。

そのnoteがこちら

note.mu

ちょうどこの記事では、現地の活動について説明がされています。

その中で、教育NGOあるあるだと思うのですが、「現地で勉強教えているの?」というまわりの人からの疑問にも答えています。

僕もこの質問は時々受けるのですが、「教育支援」NGOだからといって「先生」をやるわけではありません。

もちろん、生徒に教育を届けるというゴールは先生と同じなのですが、届け方だったりどんな人達に届けるかということを考えるのがNGO側の仕事です。

言い方を変えると、「デザイン」するのがNGOの仕事なのかなとおもったりします。

例えば、フィリピンやインドネシアなど、先生が少なくて教育が行き届かないという問題に直面したとします。

ですがこの場合、実は「先生が少ないこと」自体は問題ではないことがあります。すでにいる先生というリソースを使って映像授業をつくることでより多くの人に教育を届けることができます。

このようにゴールに向かって誰の力を借りて、どのように届けるかというデザインが一つ仕事になるわけです。

他にも、映像教材という現地ではあまり慣れないものをつくるといったときに先生の混乱を生まないようにするとか働きやすい環境をつくるとかいろいろほかにもすることはあります。

 

このnoteを書いた彼女は「実際に勉強を教えていない私がチューターに指示をしたり、先生に時間を取って頂いたりしていることに、正直罪悪感を抱いてしまう瞬間もあります。」と感じることもあるようですが、教育現場は教師だけで作られるものではないので、サポート役といっても自分にしかできない仕事があるはず。

僕自身、バングラでインターンの身ながら社長と経営に関する話をしたかと思えば、普通の社員と同じ仕事をしたりと、立場がいまいちわからなくなることがあります。

ですが、逆に言えばその両者の真ん中にいる人は他にいないわけでそのポジションだからこそできることがあるのかとおもいます。

そんなことを考えながら、「結局は役割分担」だよなと改めてこのnoteをみておもいました。

色んな人の力でプロジェクトは成り立っているので、自分の役割を明確にするの大事だなと思います。

 

自分だからできることをどんな場でも常に模索できたらと思います。

それでは!